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『石田先生事蹟解題』(森信三)

 Web松柏舎では、『石田先生事蹟』を読んでいます。この欄では、順次『石田先生事蹟』を掲載していきます。まず初めに、森信三先生の『石田先生事蹟解題』を紹介します。

読書会のテキストに

 教育者にして哲学者の森信三先生(1896~1992、元神戸大学教育学部教授)は戦前の天王寺師範時代に開催していた斯道会(しどうかい、卒業生による読書研修会)のテキスト第1号として『石田先生事蹟』を採用されました。そのテキストに『解題』を附し、この事蹟を「他に見るを得ない」と絶賛され、梅岩先

生の知行合一の生き方の素晴らしさを述べておられます。ここにそれを掲載させていただきます*。

 また「心学明誠舎」を始め、多くの心学舎では、かつて、梅岩先生の命日近くに墓参の後、『石田先生事蹟』を読んでいました。

 このように『石田先生事蹟』は、梅岩先生に関連する著作の中でも、多くの方々に読み継がれてきたといえましょう。現代の地球環境問題や経済道徳に通じる梅岩先生の日常実践の徳目が本書には詰まっています。私達も折りに触れ、繰返し読み続けたいものです。

『石田先生事蹟』解題             森信三

斯道叢書(しどうそうしょ)の第一篇としてここに公にせんとする『石田先生事蹟』は、その外形からはまことに微小いうに足らざるものではあるが、わが国石門心学の開祖、石田梅岩の事蹟を伝える唯一の権威ある記録とされている。

石門心学が、従来の学問の多くのともすれば訓詁詞章(くんこししょう)の学に堕し、またこれをその対象より見るも、儒生・僧侶・武士等特殊なる一部有識階級に限られ来たりしとき、この制約を破却して、その体験裡に溶融把握せる神儒仏一貫の理を、あまねく庶民階級に易解卑近の辞をもって伝え、真実の学問とは結局、現実生活そのものの反省による自己の根本的革新のほかなきを知らしめたる功績は、けだしわが国思想史上の一大偉観であり、誠に特筆大書すべきものと思われる。

したがって、今この意味からも、かかる一大大道の開顕者の生涯の事歴の跡を窺(うかが)わんとすることは、決して徒爾(とじ)なることではない。

しかしながら、今われらがここに、この書を公にせんとする微志は、必ずしもかかる石門心学というが如き、一学派の立場にかかわってのことでは決してない。そもそも学の本義は、改めていうまでもなく、解行一如、知行合一の一境に至るのほかにない。

まことに真の具体的真理は、自覚的行為そのもののさ中に体現されることを離れては存し得ない。即ち道の究極は、日常平生の行実をおいてほかに、その実現を見るを得ないのである。

 しかるに世の典籍の多くは、とかく理を述ぶるに傾くもの多くして、如上日常生活裡に具現せられし道の真趣を記せるものに至っては、誠に寥々(りょうりょう)たりといわなければならぬ。

 しかも注意すべきは、理を説くに専らなるものは、多くは自ら筆を執れるものであり、これに反し偉人の日常の起居言動を録するものは、多くは弟子景慕の余になれるものである。『論語』然り、『阿含』然り、『聖書』また然りである。

 ここにおいてかまた書は、自ら筆を執れるものは結局第二流のものであって、真に第一流の書は偉人日常の語黙動静が、門人諸弟子の心に反映せし所を、録せしものということができる。

 今この『石田先生事蹟』もまた、かかる種類に属する貴重なる典籍のひとつであって、吾人の寡聞(かぶん)によれば、一人の偉人の言行を録すること、この書の如く具(つぶさ)にして、しかも心いたれるものは容易に他に見るを得ないのである。われらがこの書を通して想見せらしめるものは、実にかの大聖孔子の真面目(しんめんぼく)を描ける『論語』第十章郷党篇そのものである。

 本書のなる、まず先生の没後同門の弟子、先生の遺徳を慕いて、ありし日の先生の面影を偲(しの)びて永くこれを残さむとし、北山他二名の者まずこれが片鱗を録せんとせしにその端を発する。次いで、その道の継承者たる手嶋堵庵、前期三名の没後、これに基づきつつ慎重厳正なる改定増補を試み、さらにその校を同門の斉藤以下三名の門生に委ねて、初めてなれるものという。

 しかしてこの書、始めは弟子、敬重尊信の念よりして上梓を好まず、わずかに門弟の間に伝写さるるに止まりしも、後に江戸にて杜撰(ずさん)なる類書の出版されるに逢い、初めて版本として世に公にされるに至ったのである。かくして、この書はその初めて稿を起こせしより、その上梓に至るまで、実に三十有余年の歳月を要している。その敬重尊信、いやしくもせざりし程を窺うべきである。(昭和十年八月)

*『事蹟解題』は『石田梅岩に学ぶ』寺田一清著(致知出版社)より引用しました。


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