石門心学

とは何か?

注目されている理由

◇石田梅岩先生(一六八五~一七四四)は丹波・桑田郡東懸村(現亀岡市)の農家の次男に生まれた。厳格な父の指導の下に育ち、十歳で京都の商家に奉公に出る。

一旦、実家に帰り農業を手伝うが、二十三歳にして、再び京都の呉服商に勤める。

 

◇独学で神儒仏を修めた後、師・了雲に出会いその峻厳な指導の下、開悟の域に達し、四五歳にして私塾を開講する。

 

◇「士農工商」ともに天下の一物なりと職分の上での平等観を示し、倹約・正直・勤勉・利他の大切さ、心を知るための修養を生涯説き続けた。

 

◇梅岩先生は商人道の祖と謳(うた)われ、長寿企業においての家訓や社訓に、梅岩先生の語録や思想が数多く用いられており、近江商人の「三方よし」も、梅岩先生の「先も立ち、我も立つ」が源流である。

 

◇弟子の手島堵庵が師の教えを「石門心学」と名付け、全国組織化を図った。各藩や商人の教育に取り入れられ、その教えは勤勉性、倫理性、顧客サービス性などが強調され、日本に資本主義が根付く源流になったとされる。 

           

◇経営の神様と言われる 渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫らも「石門心学」の影響を少なからず受けている。  

 

◇企業の社会的価値を損なうことのないように、また良き後継者育成のために、更には地球社会の未来への貢献のために、「石門心学」は日本のみならず世界的にも、いま注目されている。.

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影響者たち

◇石門心学の影響を受けたとされる
著名人は数多くおられます

松平定信

吉田松陰

横井小楠

鈴木大拙

渋沢栄一

森信三

山本七平

倉本長治

松下幸之助

稲盛和夫

北尾吉孝

 

詳細はブログにて掲載していきます。こちらからご覧ください

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先生の目指した世界

◇争いのない平和に道ち溢れた世の中

「正直行わるれば、世間一同に和合し、四海の中皆兄弟のごとし。我願う所は、人々ここに至らしめんため也」(斉家論)

◇何事にも進取の気概を持って取組む

「われ事にあたらば新たに述べるなり」(石田先生事蹟)

◇全ての人々が勤勉に職分を全うし、社会に貢献できること

 

「天下万民、産業無くして何を以って立つべきや。商人の売利も天下御許しの禄なり」(都鄙問答)

◇聖人の道に学び、永続的に栄える商人

「商人の道を知らざる者は、貪ることを勉めて家を亡ぼす。商人の道を知れば、欲心を離れて仁心を以って勉め道に合(かの)うて栄えるを学問の徳とす」

「世間のありさまを見れば、商人のように見えて盗人(ぬすびと)あり。実(まこと)の商人は先も立ち、我も立つことを思うなり。紛れものは人をだましてその座をすます」

(何れも都鄙問答)

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徳性

◇信念・志を貫く人

「若し聞く人なくば、たとえ辻立ちして成りとも、わが志を述べん」

◇訓えの中心7項目 

1.正直・素直(基本的徳目)

2.仁義(ただしい行いをする)

3.利他(人のために尽くす)

4.孝行(親・ご先祖や目上の人を敬う)

5.勤勉 (道を誤らないため)

6.倹約(栄えるため)

7.知心(自性を知る)

◇もう一人の梅岩先生

=ユーモアの人

「年よれば友を八人もうけたり しわがよったり 年がよったり」(門弟への手紙の浦に書きつけた和歌)

(昔の人の数え方、「一人(ひとり)」「二人(ふたり)」「三人(みたり)」「四人(よたり)」・・

◇思想の明るさ

「梅岩の思想には、確かに、何か明るいところが見える。それは、受難期を迎えたとはいえ、勃興の頂点にたった町人社会の清新な気風と通ずるものがあり、石門心学が「町人の哲学」として持つ性格の一つである。武家や百姓の社会からは決して生まれてこないものがそこにあり、その明るさが一つの力ともなって、石門心学が、広く、深く世の人の心をとらえたのである。」

『石門心学の経済思想』(竹中靖一著)