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都鄙問答の段(後半)現代語訳・註釈

『都鄙問答』

一 都鄙問答の段 後半(岩波文庫、14~17頁)

【現代語訳】(文責:清水正博)


赤字のサブタイトルは、『都鄙問答』(石川謙、田辺肥洲校訂、石門心学会発行)の見出しを用いた。

青字の(注小高)は、『近世思想家文集』(日本古典文学大系97、岩波書店)『都鄙問答』(小高敏郎注釈)を参照。


14頁

【問】これ以外にないと会得したとは、どういう意味か。

【答】私が理解したことを、口で言うのは難しい。しかし例えをもってその意味を語ろう。

証文や印鑑など(注小高1)の類が入用のときに、それらの入れ物を見ても見つからない。さらに他のところを探しても見つからない。今日も探し、明日も探し、さらにはそれ以外の日も探しても見つからない。どこにもないので、疑いが起こる。だれかに盗られたのではないか、証文などは不要になった紙に紛れて使ってしまったのではないか、落したのではないか、などといろいろ疑いが起きるものである。

 時間が経っても見つからなければ、もはや仕方がないと思い、他の用事に心を奪われていたときに、突然、思い出すことがある。この思い出すことは、文学をしたからといって及ばないところだ。

 発見の直前まで、盗まれたのではないか、落したのではないかと疑っていたことが、瞬時に晴れるのである。

 心を知るというのもそれと同様、闇夜が瞬時に明け、空一面が澄み切って明るくなるなるようなものだ。

【問】それならば、心を知ることができれば、賢人と言えるのか。

「心を知っても実践する力と功とに差がある」

【答】そうではない、(心を知っても)行動に移さなければ、賢人とは言えない。知るという心は一つであるが、能力と効果(注小高2)とは違いがある。聖人賢人は、能力が高く、効果も大きい。

『中庸』に「やすやすと行うのは聖人である。正しいことであると知って行うのが賢人である」と言っているのはこのことである。私のような者は、能力が低く効果を出せない。或いは努力を重ねて行う、これである。しかし、心を知っているので、行わないことを苦しく思う。苦しんでも、行うことができれば、効果に至って、聖人と違いはないのである。(注1)

【問】道を知るとは、楽しいことなのに、苦しいことを学ぶとは、どういう意味なのか。

【答】例えをあげると、ここに二人乗りの相駕籠(注2)を担ぐ二人がいる。一人は力が強く、一人は力が弱い。強い方は苦しまず、弱い方は苦しむ。苦しむが駕籠を担ぐことにより飢えることから免れる。駕籠かきに出なければ、乞食となって道端に立つことになる。

道を行うのも以上のことと同様である。

15頁

私のような者は、力の弱い駕籠かきと同様だ。苦しみながらでも行うことにより、道にはずれることがなく、心が落ち着く。

また、心を知らない者は、常に苦しんでいて、言葉の上にも出てくる。しかし、心を知らないことを恥ずかしいことと思っていないため、道を学ぶ志が立たないのだ。

【問】あなたが言う行いとは、礼儀を3千3百も習い、威儀を正しくすることではないのか(注3)。それならば、私のような農民が行うことはできない。先に述べた学者が言うように、学んでいない者ができないのは当然のことだ(注4)

「心を知って後の実践(行い)とは何か」

【答】いや、そうではない。あなたの言うことは、孔子が「子張は辟(へき)(うわべ飾りだ)」(注5)と述べたことと同じだ。辟とは、作法を正すことを習って、心からの真が少ないことを言っている。

「農夫の場合の実践」

行いとは、あなたにとってわかりやすい事例で話そう。農民ならば、朝は未明から田畑に出て、夕方には星を見て家に入り、自身の体を働かせて人を使い、春は耕し、夏は草を取り、秋の収穫に至るまで、田畑から穀物を一粒でも多く作ることを忘れず、年貢に不足がないようにと思い、その余りをもって父母の衣食の足しにし、安楽に暮らせるように養い、全ての物事に油断なく努めるとき、身体は苦労するが、邪な心が無いために、心は満ち足りている。

自分勝手にふるまい、年貢が不足するときは、心の苦しみとなる。

私が教えるところは、心を知って身に苦労して努めれば、日々に安楽であることを知らしめることだ。心を知って行うときは、自然と立ち居振る舞いが正しくなり、安らかさに至れば、何の疑いがあろうか。

【問】(心を)知る者が善であることは聞いていた。それゆえ、少しでも聞いた者は、段々と(理解が)進むことになっていくが、以前はあなたのところへ積極的に来ていた方で、現在は少し怠っている者がいるそうだが、これはどういうことか。

16頁

「学をするのに苦しむわけ」

【答】そのような人もいる。その人が最初に思ったことは、それまで遊興を好む気持ちや、利欲をほしいままにする心も、弱い心もすぐさまに消えうせて、心が清浄になって楽しくなると思っていたところだが、忠孝と家業に精を出して、身を慎まなければ、安楽になれないのだ。

それまで慣れ親しんでいた利欲が出て、正しい行いが難しくなってきた。行われなければ、あるべき心を偽って、道の心と欲の心(注小高3)が戦うので、両者の間で苦しむ。

 後によくなるだろうと思っても、その時は気詰まりに感じて、(正しい道に)進まない人もいる。

孔子は言われた。「苦しんでも学ぼうとしない。人はこれを最も下だという」(『論語』季子編)(注7)

【問】それならば、知ると言っても、悦びに至らない者にとっては、役に立たないということか。

【答】その人は、只今においては、不義な行いはしないと思っても、修行の成果が現れていないため、人欲の心と道ある心が混じって、区別がつかない。しかし、一度正しい道を聞いて、不義が悪いことだと知れば、これほど役立つことなない。不義を嫌うことは善である。

直ちに(正しい道に)進まないのは、柔弱だからだ。

曾子、孟子は言っている。「行いが完了して、初めて高尚なことに通じる」(注8)。「仁をおのれの任務とする」(注9)、また「浩然の気を養う」(注10)の境地に至った。

 今、私が言っていることは、「性を知ることを先とする教えだ」。性を知れば、実行に至ることが容易となる。(注小高4)

 孟子も人を導くときは、性を知ることを先として教えている。(注小高5)したがって最初から「性は善なり」と言っている。

 これは孟子の発明(初めて述べたこと)であって、それ以前の聖人(孔子)は述べていない。(『孟子』序、程子曰く)

 (性を)知って行いに至ることは早い。行ってから(性に)至ることは遅くなる。従って、(行いより)性を知ることが先だとしている。

 今、私が教えている方法も、このことに倣っている。規範の無い道を弘めているのではない。

「わが依るところは孟子の尽心知性の学である」

私のより所としているのは、孟子が「心を尽くし、性を知るときは、天を知る」(注11)と説いている。これが私の心と合致しているので、疑いなく、教化するもととしている。

 「聖人の道を観ることは、必ず孟子より始める」と、序説(注小高6)に書かれている。

17頁

【問】先の儒者が言っている。あなたは、漢詩や文章に疎いと聞く。もし儒者(注小高7)である者が、大名に仕えることになり、漢詩や漢文などを好んで用いられたら、どうするのだ。文学がなければ儒者とは言えないだろう。

「文質ともに備わるは理想、止む得なければ質を採る」

【答】その通りだ。私などは、文字を間違えずに、手紙1本書くことができない者が何処へ出ることができるだろうか、文字に拙いことを知って出なければ、恥をかくことは少ないだろう。

元より、儒者は政治に関わる者である。『論語』にも、仁や政(まつりごと)の問いが多い。詩作や文章に言及することは少ない。

孔子は、徳に至り、仁を全うすることを教えている。孟子は、その仁を知ることを教える。

従って、心を尽くし、性を知ることを、説いている。文学は末であることが明かである。

そうであるのに、詩作や文章ばかりを、儒者の仕事のように思うのは、誤りである。

孔子はいわれた。「『詩経』の三百篇を暗誦(あんしょう)していても、これに政務を与えても通じが悪く、四方の国々へ使いに行っても一人で対応することができないのでは、たとえ(三百編もの暗誦が)多くとも、何の役にも立とうか。」(注12)

一人で対応するのは心である。詩三百を暗誦することは文学である。(注小高8)

和漢(日本と清国)ともに、小事をこだわる者は多いが、大事に着目する者は少ない。文学を誇るのは心が狭い。学芸も道の助けを成すのであれば、捨てることはない。

私は文学において劣っていることを悔やむことはあるが、一般の家に産まれ、家が貧しくて、学ぶいとまもなく、40歳を過ぎてから、学者の道に志した。どうして文学まで至ることができようか。

ただ、恥ずかしいことだが、どこへ手紙を送っても、文字の誤りが多い。読む人は、これを許されんことを願っている。


一 都鄙問答の段(後半) (岩波文庫、14~17頁)

【註釈】(文責:清水正博)

14頁

(小高1)小高氏は送り仮名の間違いを指摘。「或(アルイハ)ハ」。尋は、タズヌ、タヅヌの二通りあり。二版以降は、訂正されたと書かれている。

(小高2)力と功:能力と効果

(1)『中庸』(第20章)「或いは生まれながらにして之を知り、或いは学んで之を知り、或いは困(くる)しん之を知る。其の之を知るに及んでは一(いつ)なり。或いは安んじて之を行い、或いは利して之を行い、或いは勉強して之を行う。其の功を成すに及んでは一なり。」 

なお、之とは「達道」(人倫の道)であると注釈をしている。(『大学・中庸(下)』朝日新聞社)

(2)相駕籠:2人で一つの駕籠に相乗りすること(『広辞苑』参照)。通常は男女。

15頁

(3)礼儀3千3百:『中庸』(27章)に、「礼儀三百、威儀三千」がある。

注に「礼儀とは礼の重大なもの、威儀とは作法のこまごました事」、「宋以後、この礼儀三百、威儀三千、或いは経礼三百、曲礼三千 という言葉がいつも持出される」とある。(『大学・中庸(下)』朝日新聞社)

(4)断り:「理(ことわり)」を用いる方が適切か。「理」は道理、条理、理由、格式・礼儀にかなっている、当然のこと(『広辞苑』参照)。

(5)師や辟(へき)なり『論語(先進篇)』:「柴(さい)や愚、参(しん)や魯、師や辟、由(ゆう)や喭(がん)」、柴(子羔(しこう))は愚かで、参(曽子)はにぶく、師(子張)はうわべ飾りで、由(子路)はがさつだ」。(『論語』先進第六18、岩波文庫参照)

(6)五穀:米・麦・粟・豆・黍(きび)(または稗(ひえ))。地域により異なる。穀物を総称することもある。(ウィキペディア参照)

16頁

(小高3)人心は道心に対する語で、欲心と同じ意に用いている。

(7)『論語』季子第十六9(岩波文庫)

〔書き下し文〕孔子曰わく、生まれながらにしてこれを知る者は上(かみ)なり。学びてこれを知るものは次なり。困みてこれを学ぶは又其の次なり。困みて学ばざる、民斯れを下(しも)と為す。

〔現代語訳〕孔子がいわれた「生まれついてのもの知りは一番上だ。学んで知るのはその次だ。ゆきづまって学ぶ人はまたその次だ。ゆきづまっても学ぼうとしないのは、人民でも最も下等だ。」

(8)『論語』憲問第十四24(岩波文庫)

〔書き下し文〕君子は上達す。小人は下達す。

〔現代語訳〕君子は高尚なことに通じるが、小人は下賤なことに通じる。」

(9)『論語』泰伯第八7(岩波文庫)

〔書き下し文〕曾子曰わく、士は以て弘毅ならざるべからず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す、亦重からずや。死して後已む、亦遠からずや。

〔現代語訳〕曾子が言った、「士人はおおらかで強くなければならない。任務は重くて道は遠い。仁をおのれの任務とする、なんと重いじゃないか。死ぬまでやめない、なんと遠いじゃないか。」

(10)『孟子』公孫丑(ちゅう)上

〔書き下し文〕我善く我が浩然の気を養う。

〔現代語訳〕私は自分の浩然の気をよく養う。

(小高4)人が天から与えられた性に従えばよいから。

(小高5)孔子は性を善とも悪ともいわなかったが、孟子はこれを善とした。

(11)『孟子』尽心章句上(岩波文庫)

〔書き下し文〕孟子曰く「その心を尽くす者は、その性を知るべし。その性を知らば、則ち天を知らん。」

〔現代語訳〕孟子がいわれた。「自分が持っている本心(である惻隠・羞(しゅう)悪(お)・辞譲・是非の四つの端(めばえ)の

心)を十分に発展させた人は、人間の本性がほんらい善であることを悟るであろう。人間の本性がほんらい善であることを悟れば、やがてそれを与えてくれた天の心が分かるのである。」

(小高6)序説:朱子の『孟子序説』

17頁

(小高7)儒者:儒者は政治顧問、教育者、藩の記録、大名の文事の相手などをつとめた。

(12)『論語』子路篇第十三5

〔書き下し文〕子の曰く、詩三百を誦(しょう)し、これを授くるに政(せい)を以てして達せず、四方に使いして専(ひと)り対(こた)うること能わざれば、多しと雖ども亦た奚(なに)を以て為さん。

〔現代語訳〕先生はいわれた。『詩経』の三百篇を暗誦(あんしょう)していても、これに政務を与えても通じが悪く、四方の国々へ使いに行っても一人で対応することができないのでは、たとえ(三百編もの暗誦が)多くとも、何の役にも立とうか。

(小高8)道ではなく文学である。




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