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石門心学風土記 第23回 美濃の国 深造舎

心学が繁栄した美濃を訪ねる

全国で美濃は心学が栄えた地の一つである。182舎中、11舎あって、国別(美濃)、県別(岐阜)ともに5位である。ようやく念願が叶い、私も美濃の地を訪ねることができた。

この国の舎の内訳は、大垣市に深造舎、山県市に切問舎、大野町に擇善舎、岐阜市に逢原舎、謹身舎、萬徳舎、美濃市に天祐舎、関市に執中舎、郡上市に明道舎、多治見市に富円舎、土岐市に会友舎。なお、萬徳舎、富円舎、会友舎は明治に入ってからの設立である。

大垣の地に久世友輔が深造舎を創設

中でも代表する心学舎は大垣の深造舎である。天明3(1783)年~4年頃の創設で、『諸国舎号』には15番目に掲載され、天明5年にできた大阪の明誠舎より古い。天明年間までに京都を除く、各地の独自講師は、美濃の久世友輔、信濃の中村習輔、江戸の中澤道二、大坂の中山甫門、中井利安、井上宗甫のみであった(『石門心学史の研究』296頁参照)。

その久世友輔らが中心となって、大垣城下に深造舎が設立された。大垣藩主、戸田氏教は老中・松平定信の下に集まった心学大名、山崎藩の本多忠可等と共に、江戸で中澤道二に学んだ。戸田侯は久世に領内を巡講させ講話させた。また京都から上河淇水が招かれ、久世らの先導により心学道話を語った。久世はそれらの功により、藩侯より五人扶持を与えられる。

多くの貴重な遺品が残る

大垣には舎の遺品が多数残り、創立者の久世友輔の座像が市立郷土館に、蔵書類が市立図書館に子孫らにより寄贈されている。

図書館は工事のため閉館中(後日訪問)であったが、郷土館にて友輔座像に拝する【写真参照】。心学関係者の座像は貴重なものだ。福助を思わせる神々しい人格円満な尊像だ。

子孫の久世真氏(久世画廊経営)と、短時間ではあるが面談する機会を得た。友輔の著書『心学心得草』、弟・順矣(じゅんい)の『賤ヶ歌』を真氏の母・偕子(ともこ)氏が復刻。それを真氏が増刷せられ頂戴した。内容から、友輔がわかりやすい例えを以って人を導く仁者であることが読み取れる。

久世家の先祖は司馬遼太郎の『関ケ原』や尾崎士郎の小説に登場するという歴史上の人物のようだ。郷土館・図書館に舎の遺品を寄贈した話も、ドラマのようないわくがあるとのこと。なお、久世友輔の墓は市内の安楽寺・圓通寺にあり、順矣の墓は圓通寺にある。

美濃の他の心学舎は次号に掲載する。

(この地の訪問は2018年2月5日)



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