石門心学風土記①
全80箇所のうち北日本40か所
一行コメント
12 誠終舎 函館の地に扁額や多くの資料が残されている。武士・講師の西川晩翠にもっと光を!
13 鶴鳴舎 第1回の記念すべき風土記。郷土史家・前田光彦先生、鶴岡市郷土資料館のお世話に。
14 尽心舎 つい先年まで活動をしていた舎の遺品がつくば市にこれほど大量に遺されているとは!
14 有隣舎 舎を担った中村家は二十代に亘り時流に合った業種で継続して栄える。正に梅岩精神。
15 存養舎 医者で心学者・高田良道の菩提寺・天性寺に信長位牌。栃木県で尊徳に影響を与えた?
16 三孝舎 伊勢崎で物流業の武孫右衛門は心学者・政治家。高碕の心学講師塚越桃翁の碑が建つ。
17 岡部温故館 富岡の金融業・岡部栄信は戦後、石門心学会群馬支部長にて心学書を現代に残す。
18 恭倹舎 2回訪問。杉戸町に舎が有り大島有隣ら子孫が年間行事を行う。偉業を現代に伝える。
19 伊奈忠尊 関東郡代30万石支配の伊奈は心学の教えを基に領民に寄り添い心学道話を用いた。
20 参前舎 中澤道二が創始、東日本を代表する心学舎。平成まで国を導いた。蔵書類は亀岡へ。
21 江戸・石川島 人足寄場の道話講師に道二・脇坂義堂ら。現代の東京にはその遺志を継ぐ人々。
22 小栗了雲 越後高田藩の騒動(綱吉の勘気)で改易。家老(切腹)の縁戚の了雲は京都に蟄居。
23 修三堂 富山・高岡に脇坂義堂ら儒者を招いた富田徳風。碑が建ち、今も孝子祭が続いている。
24 反求舎 心学舎調査の第一弾、金沢大学発祥の地と舎跡地が一致。学会で副学長と連名で発表。
25 謙享舎 舎扁額は藩主で老中首座間部詮勝(まなべあきかつ)。柴田遊翁の出身地で度々訪問。
26 洗心舎 甲府市五味家夫妻に熱烈歓迎を受ける。碑を建てたいとのこと。290年祭に二名参加。
27 永言舎 臨済宗東光寺に田中住職を訪問の縁で墓碑を発見。住職は『心学者池田左門』を発刊。
28 信濃史蹟 『県教育史』に心学が圧巻260頁。中村習輔・植松自謙が各地に心学舎を創設。
29 明孝舎 扁額等心学遺産が多数残るも不明。「三年前に来てくれたら」の言葉が忘れられない。
30 匡直舎・教倫舎 松代・須坂にて郷土史家のお世話に。各地に中島元洞ら心学者の史蹟が残る。
31 博厚舎 長野市に幅3mの碑(昭和42年建碑)。記念誌発行。明倫舎発行の舎号の額装有り。
32 恭安舎 中村習輔墓・子孫訪問。門弟名簿に4千人以上の名前が載る。私の生家に最も近い舎。
33 敬業舎 城のような石垣のある舎。修羅も出土したとの歴史あり。扁額裏に中村習輔自筆あり。
34 有敬舎 岩岡家の街道開鑿は新田次郎の『槍ヶ岳開山』に載る。庭に碑、応接に扁額が掛かる。
35 時中舎 心学が長く栄え満州の分村でも舎設立。毎年心学遺品を飾り地域行事が行われている。
36 深造舎 久世友輔は全国でも著名な心学者。今も大垣市に寄贈された座像などの遺品が残る。
37 切問舎 論語「切問而近思」より舎名。林家には上河淇水の舎号などを所蔵。290年祭に参加。
38 謹身舎 諸国舎号の最終。加納藩の脇本陣、盤珪を招く、難関を乗り越え、よき出会いに感謝。
39 富圓舎 西浦圓治は陶磁器の仲買業、蔵に山岡鉄舟らの書が残る、隣の庭園は明治天皇行在所。
39・40 会友舎 熊谷康二氏は両舎の維持・広布に尽力、梅岩先生開講290年に記念陶器贈呈。
40 熊谷東洲 陶器商人、参前舎第8代舎主、義兄・石翁は会友舎の中に遠慮講(定期積立)設立。
41 止敬舎 掛川藩は心学が栄え藩主が池田に命じ領内を巡講。江戸後期二宮尊徳へ影響を与えた?
41 池田孝路 掛川の商人、徳雲寺に碑が残り、住職に孝路と心学の関係が載る書籍を紹介される。
42 信貞舎 静岡も池田孝路・中村徳水・近藤平格らが心学を広め、駿府藩の各所での記録が残る。
42 守本恵観 浄土宗僧侶で明治期に大成心学を主宰、『心学絵入百種和解』を出版。二尊院に碑。
43 順天舎 都講は春正又四郎(蒔絵師)。交通要衝で著名心学者の教化の下、心学関係者が出た。
44 麗澤舎 自宅庭に舎碑(県文化財)が建つのは珍しい、訪問時に90代の冨山氏に話を聞けた。
44 有誠舎 柴田鳩翁が道話を語った舎跡は今も語り継がれる。伊賀市にて麗澤舎の遺品が紛失!
45 好善舎 8番目の設立。明誠舎・中島氏の紹介。扁額(堵庵書)、掛け軸も保存。薬関係商人。
46 慈音尼 草津市酒造業の家系。墓碑残り地域に守られる。梅岩邸に毎日通う。『道得問答』刊。
47 大津絵 大津市の土産物。心学者が道歌を書き施印として活用。円満院に大津絵記念館が残る。
47 叶匠寿庵・脇坂義堂 芝田清次は心学を信奉。義堂は日野商人と逢坂の関を車石にて道路工事。
48 了雲・梅岩 黄檗禅に習い性命の学を伝える、性は目無し、仁義をテコに使うな、梅岩開悟へ。
49 開講の地 1729年私塾を開き町衆が通う、一大教化機関に、2015・19年塗師屋町内会が建碑。
50 鳥辺山墓地 1744年ご逝去、以下17名(堵庵、道二、上河淇水、柴田鳩翁ら)がここに眠る。
51 堵庵・五楽舎 1765年心学舎第1号、組織化し摂津・丹波・近江等22舎、孟子の如くとの評。
【写真】は18「恭倹舎」(埼玉県杉戸町)




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