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『先哲・石田梅岩の世界』50 行住坐臥(ぎょうじゅうざが)の主(あるじ)は何者か

【意訳】いまここで見たり聞いたりする上での主人は誰ですか。行くものは何者か、住むものは何者か、座るものは何者か、寝るものは何者かと、急ぎ眼をつけて見る。このように、油断なく、何年もかけて徳を積みます。ついには見聞、覚知、行住、坐臥をなす主人を見つけることができます。これが自分の性です。自分の性を掴むことができれば、どんな行動をとっても、あるべき道と自分とが一体となります。   

【原文】即今見たり、聞きたりする所の主(あるじ)は是れ何者ぞ。是れ何者ぞと、行ずるものは何者ぞ、住するものは是れ何者ぞ、坐する者は何者ぞ、臥す者は何者ぞと、急々に眼を付けて見るべし。是れの如きたゆみなく年久しく功を積むべし。終(つい)には見聞、覚知、行住、坐臥を為す主を見得すること有るべし。是れ自性なり。自性を会得(えとく)すれば只(ただ)気ありて動くばかりにして、自ら道は我と一致ならん。(語録、巻20)

白隠(はくいん)禅師(ぜんじ)推奨の「動中の工夫」

【付記】臨済宗(りんざいしゅう)の中興の祖といわれる白隠禅師は梅岩と同年の生まれです。白隠は在家(ざいけ)の弟子に対し「動中の工夫、静中の工夫に勝ること百千万倍」と述べています。「静中の工夫」は座禅によるものですが、「動中の工夫」とは梅岩先生が行ったような日常の職務や生活を通じて取り組む修養です。イス禅を実践の笠倉健司さんが伝えています。(『ビジネス禅〜公認会計士が書いた禅の本』)

写真は白隠禅師(沼津市 松蔭寺)


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